テクノクラートとアパラートについて

Twitterでのやりとりからアパラチキという単語を知りました。

 

kotobank.jp


党機関 (アパラート) 出身指導者:イデオロギーの一貫性を強調する面が強い

技術官僚 (テクノクラート) :経済や社会の効率的管理を重視する傾向をもった

ということは、マルクス思想を純粋に追求する理想主義者がアパラートの方なのでしょうね。

 

Apparatchik - Wikipedia, the free encyclopedia

 

Today apparatchik is also used in contexts other than that of the Soviet Union or communist countries. According to Collins English Dictionary the word can mean "an official or bureaucrat in any organization".[5]

According to Douglas Harper's Online Etymology Dictionary, the term was also used in the meaning "Communist agent or spy", originating in the writings of Arthur Koestler, c. 1941.[6]

In Australia, the term is often used to describe people who have made their career as factional operatives and leaders in political parties, and who are therefore perceived to have little 'real-world' experience outside politics.[citation needed]

 

今日、「アパラチック」は、ソ連共産主義国といった文脈とはことなった用法をもつ。コリンズ英語辞典によればその言葉は「ある組織における公人あるいは官僚」を意味し得るという。

ダグラス・ハーパーの「オンライン・エティモロジー・ディクショナリー」によると、この言葉はまた「コミュニストあるいは共産主義スパイ」という意味でも使われた。その発祥はアーサー・ケストラーであるという。

オーストリアでは、この言葉は党内活動家あるいは党の長としてキャリアを築いた人間の形容にしばしば用いられる。そしてそれゆえにそういった人々は政治の外の世界での「実体験」に乏しいと認識されている。

 

 

Technocrat | Definition of Technocrat by Merriam-Webster

Simple Definition of technocrat:
a scientist or technical expert who has a lot of power in politics or industry

テクノクラートのシンプルな定義:
科学者または技術エキスパートであって政治や産業への多大な影響力を有するもの

 

日本の政策における科学性欠如


これは日本の「理系」「文系」というドクサにも連なっている。


以下は、とある知人に聞いた話。

日本の大学が優秀な人材を獲得できていない最大の要因は、給与差、である。経済学における日本の大学と欧米トップ大学あるいはそれに追いつこうとする一部アジアの他大学とでは、2倍程度の給与の差が生じている。その影響により、東大が教授職をオファーしても、海外からそれに応募する人間がほとんどいなくなってきている。国内の研究者と欧米で戦えない海外PhDのみが日本の学問分野に労働力として供給されている現状を看過すれば、日本の経済学はジリ貧を避けられない。しかし、給与差の問題はパンドラの箱なので、誰も公の場でこの問題を議論したがらない。

つまり結論として、「給与・言語・研究環境の面からは、≪日本とまったく縁のない≫一流の経済学者にとって、日本に来るインセンティブは0」という。


これはそもそも日本におけるEvidence-based policy makingの遅れに端を発しているそうだ。

www.murc.jp


このレポートの要旨を乱暴に単純化するなら、

・日本のEBPM導入はきわめて遅れている

・そもそも医療業界以外で「実証的な手法を活用」する思想がない

・日本で政権交代すると方針継承されないのはEBPMがないから

・日本はエビデンスのかわりに何が有効かを勘と経験ベースで決定

書いていて悲しくなります。


日本には「数学は理系のもの」で「哲学は文系のもの」というような「常識」が根強く、

「文系」の中では、経済学部にのみ数学が得意な方が多いのが現状ですが、

これからは統計的発想によるプロジェクト管理は必須スキルとなりそうです。

ブログ「無駄に頑張る」のエントリ「死狂ひ」を読みました

http://mudani.blog28.fc2.com/blog-entry-54.html
無駄に頑張る 死狂ひ

 
虎眼道場に伊良子清玄がやってきた。
 
師範代藤木源之助の指を折り、師範牛股と立ち会うことに。
 
「殺めるは易し、伊達にするは難し」

 


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牛股のこの言葉と圧倒的な実力に伊良子清玄は涙を流す。
 
「ようやくまことの剣に出会い申した。今日ただいまより、師弟の礼をとらせて頂きたく…」
 
次の瞬間に牛股の木剣により伊良子清玄の耳は半分斬られる。
 
道場は芝居をするところではござらぬ」
 
恐怖を感じ逃げ回る伊良子清玄……
 

 

 
 
これは漫画『シグルイ』の一節だ。
 
現代社会においてこのような状況を想定することは困難だろう。
 
師範とは本来、このような存在だった。
 
教師は充分に教師足り得ているだろうか。
 
 

コピ・ルアク開封の儀


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インドネシアでいただいたお土産。


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おお、二重包装!しかも真空!厳重です。


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東大合気道部の同期の結婚式の引き出物も同時開封する。

風月堂のガトー・フロマージュ。商品名の「ソヌール」とは、教会の鐘を鳴らす人のことだそうな。


フランス語って響きが美しいのだよな。なんかくやしい。


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コーヒーの酸味とチーズのまろやかさが絶妙!


フランスの正義と宗教勧誘問題(メモ)

 
たしかに学校で宗教を強要されるのは困るわ。

フランスの不正義とイスラム世界の正義について

http://www7b.biglobe.ne.jp/~yappi/tanosii-sekaisi/03_islam/03-05_egypt-islam.html
楽しい世界史≫イスラム史≫エジプトのイスラム王朝

 
獅子心王イスラム教徒の捕虜270人を虐殺したのに対し、サラディンは、あの大十字架を馬のしっぽに結んで市内を引き回しただけで報復を終えた。 

 

イスラム騎士道の精華、サラーフ=アッディーン。

 

マムルークはもともとアラビア語で「男奴隷」を意味する言葉だが、歴史的にはトルコ人やスラヴ人など「白い(白人)奴隷」を指し、多くは軍人として用いられた。 とりわけトルコ人は、馬上から自在に弓を射ることができる騎馬戦士として有能さを高く評価された。

 

米国では未だに有色人種への差別による警官発砲事件などが発生している一方、アラビアにおいては「無色」人の王朝すらできた。
 
何が言いたいかというと、ライシテは本当に野蛮だということです。
 
 
ではフランスのギロチンの嵐が描かれています。
 
まあ、
 
祖国の子どもたちよ、栄光の日がやってきた!
 
我らに向かって、暴君の血塗られた軍旗がかかげられた
 
血塗られた軍旗がかかげられた
 
どう猛な兵士たちが、野原でうごめいているのが聞こえるか?
 
子どもや妻たちの首をかっ切るために、
 
やつらは我々の元へやってきているのだ!
 
武器をとれ、市民たちよ
 
自らの軍を組織せよ
 
前進しよう、前進しよう!
 
我らの田畑に、汚れた血を飲み込ませてやるために!

 

http://www.bourgognissimo.com/Bourgogne/1ARTL/BR_007_1.htm

 
というイデオロギーの国だから仕方ないね。

中田考さんを通してイスラム思想を考える


イスラム教徒は、好戦的でも排他的でもない | ブックス・レビュー | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

法の下の平等は、法が同じカテゴリーと定めたものは同じに扱うということで、シャリーアもそれを定めている。しかし法の下の平等より重要なのは神の前の平等だ。つまり、創造主と被造物の無限の隔たりに比べると人間の間の相違など無に等しい。金持ちと貧乏人の差をなくしていくのではなくて、金持ちも貧乏人も同じ神の奴隷であり、死ぬときは持っているものすべてを手放さねばならない。最終的には「最後の審判」で裁かれる。今生は苦しくとも来世が本当の生であって、フェアプレーで頑張っていれば、全知全能のアッラーが来世で公平に報いてくださる。そういう意味の平等だ。

 

やはり人間が公法を定めるという西欧流の「正義」論では理解できない。
 
サンデルはこれをどう説明するだろうか。
 
たとえば「哲学は神学の婢」という言葉がある。
 
意味についての学問である哲学に対して、意味を超越した世界についての学問である神学が上位に配置される。
 
そのような思想体系そのものがすでに形骸化してしまったアメリカやフランスが、世界の政治哲学という学術分野を支配している。言語的かつ政治的に。
 
現代思想』はこの問題にかなり積極的に取り組んでいる。
 
 
には中田考さんの論考も掲載されている。
 
ぜひ一読していただきたい。
 
 
 
 

「高橋教授の書評空間: 正戦と内戦 カール・シュミットの国際秩序思想 : 大竹弘二著」を読んで

http://prof-takahashi.blogspot.jp/2012/02/blog-post_19.html?m=1
高橋教授の書評空間: 正戦と内戦 カール・シュミットの国際秩序思想 : 大竹弘二著

 
国際連盟イスラムよりもジハーディストだ。
 
戦争(正戦)が限定された政治的目的の実現手段ではなく、違法な「敵」を「道徳的に犯罪化」したうえで断罪し罰するという性格を帯びる
 
自分が設定した「公法」に相手が従わないので処分します、というこの姿勢。
 

世界はいわば普遍主義的イデオロギーによって無差別な形で束ねられた内世界的な秩序となり、戦争は、あるいは戦争を引き起こす国家(不法国家)はこの内世界的な秩序を紊乱する犯罪として取り締まりの対象となるのである。

 

治安維持のための世界警察として米国が君臨していた時代に、共産主義社会主義はその内実を問われることなく、無条件に「危険思想」としてテロリストの扱いを受けた。
 
自分は世界史概論という講義でベトナム戦争について大学一年のときに勉強したが、その経験は意外といまの自分の性格の形成に寄与しているのかもしれない、とふと思った。